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フリーペーパー「別冊サブテレニアン」に寄稿しました #engeki #shinsai

東京・板橋区の民間劇場「サブテレニアン」さんから、ご依頼をいただき、「サブテレニアン」さんで発行しているフリーペーパー「別冊サブテレニアン」に拙稿を掲載していただきました。

私とも付き合いの長い、福島の劇団、満塁鳥王一座さんが、SENTIVAL! 2011 に参加し6月25日(土)・26日(日)にサブテレニアンにて、311以降の新作『キル兄(あん)にゃとU子さん』を初演するのに当たり、書いたテキストです。

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紙面の都合上、「別冊サブテレニアン」では、ちょっと短いバージョンになってしまったので、許可を得て全文を以下に掲載します。お読みいただけると嬉しいです。

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鳥の名前の男のいま-2011年5月

東北の福島県に「満塁鳥王一座」というカンパニーがあって、「大信ペリカン」という劇作家で演出家の男がいる。彼は福島原発からほど近い南相馬市に居住していたが、仕事の関係でつい最近、福島市に居を移した。いま、彼らは新作をクリエイションしている。6月下旬に東京でワールド・プレミアされるその作品について、大信ペリカンは「題材としていまのフクシマを扱う」「この時代のフクシマのこの空気を形にすべきだと思った」と、自身のブログ「なにか、うまれる」の中で、覚え書きとして書いている。

そうなのだ。大信ペリカンの中ではいま、福島は「フクシマ」であり「FUKUSHIMA」なのだ。これから、どうなってしまうのか、誰にも分からない原発の事故が現在進行形で起きている「フクシマ」。眼では見えない放射性物質の汚染地図は、政府が設定した避難区域のように同心円状ではない。そんな中、不安のイメージは増殖し続ける。眼に見えないから、人々はそれと対決することもできない。安全や安心なんて、誰も保障してくれない。

夢の未来エネルギーだった「原子力発電」は、暴力的なノンフィクションとも言えるであろう、2011年の3月11日に発生したもの凄く大きな地震や大きな津波に、敢え無く砕けてしまい、あの日以降の世界はそれ以前とは、まさに「断層が滑り落ちるように」何かが変わってしまった。それは近未来の終わりなのかもしれない。ドラえもんの動力は「小型原子炉」だったけど、そんなある意味無垢な時代は、あっけなく終わってしまったのだ。

これは本当に個人的な考えからなのだが、私はいま「震災後」という言葉を使わない。というか、使えない。前述したように、東京電力の福島原発からの放射性物質の拡散は、いまも続いている。福島県でも、私の住む宮城県でも、さらに北の岩手県でも、津波に襲われた地域では何もかもを大きな津波がさらってしまい、いまだ瓦礫の山が積み上がり、家や家族を奪われた人たちの避難所生活は長期化している。「震災」もなお、現在進行形なのが、東北の現実だ。

もっともっと、個人的なことまで、ここで触れさせてもらえるのであれば、私は311の大きな津波で両親を亡くした。暴力的なノンフィクションに肉親の命が奪われた。このごく個人的な出来事について、私はいまもまだ心の整理をつけられずにいる。亡くなられた方と生き残った私たち。そして、岩手・宮城・福島の3県で、まだ行方不明者が8500人以上いるという事実。私はまだ、そういうことと折り合いがつけられずにいる。

ちょっと話が個人的なことに脱線したが、そんな中で、「満塁鳥王一座」というカンパニーは、「大信ペリカン」という鳥の名前の男は、いま何を演劇というメディアで描こうとしているのだろう。隣県とは言え、被災の種類が違う仙台で暮らす私には、彼が言う「この時代のフクシマのこの空気」を言葉で理解することはできないと思う。だが、彼と彼のカンパニーは、いつもその時その時の「世界」に対峙する作品を作り続けてきた。私が彼らの作品を初めて観てからもう10年以上経つが、方法論やモチーフが変わっても、常に彼らは彼らのスタンスで「世界」を理解するために、誠実なクリエーションを続け、私に新しい視点を与え続けてきてくれた。

福島が「フクシマ」で「FUKUSHIMA」になったいま、彼らはある意味で「世界」の中心にいると言えはしないか。そこで日常生活を営み、クリエーションを行うことは、たぶんきっと、相当ハードなことだと勝手に思う。でもきっと、彼らは「この時代のフクシマのこの空気」を、そして「311以降のこの世界のこれから」を、作品にするのだろう。とまた勝手に思う。そしてその作品が、いまの東京で上演されることの意味は、とてつもなく大きい。

舞台芸術プロデューサー 森忠治(トライポッド)

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by every_tue | 2011-05-31 12:16 | お知らせ

今週末、関西に行きます ―いま、仙台を(例え数日でも)離れるということ #engeki #hadaka2011


タイトルの通りですが、急きょ今週末5/7(土)-9(月)関西に行くことになりました。大阪の劇場「アトリエS-pace」さんのお招きで、同劇場さんが現在行っている、東北地方太平洋沖地震 震災チャリティイベント「裸の劇場2011」参加作品、ばんぱ_み「ウエストバージニア州立大学最期の学内放送」&ななめ45°「スマイル」一人芝居二本立て公演のアフタートークに出演します。

私は、5/8(日)19:30開演の回、終演後に登壇予定ですが、もしかしたら前日の土曜日も出るかもしれません(まだわかんない)。このようなチャリティイベントを民間劇場主導で行っている大阪・関西の劇場文化の地力を、足を運んでくださるお客さまのお気持ちを、本当に本当に嬉しく、心強く思います。

せっかく行くので、関西滞在中は何本か打ち合わせをしたり、友人に会ったりしたいと思いまして、日程を調整中です(劇場さんに甘えてしまってますが)。それから、劇場さんのマッチングで、新聞社さんからの取材もご依頼いただきました。

5/8(日)の昼は京都に行こうと思っています。京阪電車で。京都の友人にも会いたいのと、それから、同じ日程で開催されている、C.T.T.セレクション・イン・京都(vol.92上演会)に仙台の俳優で15年以上、友人の原西忠佑くんが参加されるので、観に行きたいのです。初めて会ったとき、原西くんはまだ高校1年生、15歳でした。もう30歳になったんだね。

ずっと前からお話はいただいていたのですが、正直迷っていましたので、急きょの発表となってしまいました。いま、たとえ数日でも、仙台を離れることが怖いという気持ちがあります。未だに毎日余震の続くこの時期にこの街を離れている間に、大きな余震が来たらという不安。家族や大切な友人たちのことを考えると、仙台にいるべきなのではないか、そんなふうに考えたり、逆に、自分が仙台に戻れず帰宅困難になってしまうのではないかとか。

そんな具体的な心配だけではなく、もっと漠然とした「怖さ」もあります。あの311の本震以降、私はこの街を、(本当に微力ながらも)守り、周りの人々と精神的に助け合い、生き抜いてきました。本当に「いま」仙台を離れていいのか、やっぱりここにいるべきなのではないか。そんなふうにも思うのです。

ですが、家族や友人たちと相談した結果、私は関西に行くことに決めました。皆が大丈夫だよと言ってくれました。その大丈夫は「何があっても大丈夫」という大丈夫だけど、大丈夫だよと。そして、関西で私の体験を語ってきて欲しいと言ってくれました。私がいま発することが出来る言葉はそんなに多くはありません。けれど、いまこのタイミングで話す場を設けていただけたことを、大事に思い、私が感じたこと、考えていることを話せたらと思います。
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by every_tue | 2011-05-04 08:24 | 未分類

大地震のあとでー震災は今も続いている #engeki #sendai

私がプロデューサーとして関わる、三角フラスコが今回急きょ、4/30(土)-5/1(日)に行われる、C.T.Tsendai「特別支演会」に参加し、「いま。」という30分弱の小品を試演することになりました。

「いま。」
作・演出:生田恵
出演:瀧原弘子、小濱昭博
プロデューサー:森忠治

上演の詳細については「C.T.Tsendai公式ブログ」をご覧ください。


今回、三角フラスコが「C.T.Tsendai特別支演会」に参加することについて、文章を書きました。
以下に転載します。

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大地震のあとでー震災は今も続いている
文責:三角フラスコ|プロデューサー 森忠治

3/11(金)に東日本を襲った大地震からまもなく、50日が経とうとしています。50日近く経った今も毎日、余震が続いています。お亡くなりになった方、行方不明者の方多数、大津波が襲った地区の方は避難生活を余儀なくされ、その生活は長期化しています。

三角フラスコのメンバーは幸いなことに、直接的な被災を受けた者はいませんでしたが、私、個人は大津波によって両親を亡くしました。そしてメンバーも当たり前ですが、東日本の皆さんと同じようにあの「揺れ」を体験しました。本震の凄まじさは、ここで言葉にするのは難しいです。とても。

三角フラスコでは4月の上旬に予定していたプロデュース公演を延期としました。まだ、実施の目処はついていません。いまの仙台では劇場として使える公立文化施設が、ほぼ休館しており、だいぶ復旧の兆しが見えてきているとは言え、日本全体の社会状況もめまぐるしく変化し続け、文字どおり「先の読めない」状況の中にあります。

そんな折り、今回、C.T.Tsendai事務局の方々から、三角フラスコに「特別支演会」出演のお誘いをいただきました。三角フラスコでは何度も協議し、参加することを決めました。これまで三角フラスコは、単独でトライアウト(試演)を実施したり、プレビュー公演を行いフルスケールの作品のクオリティを高めたり、または稽古場を公開するなど、社会に向かって自分たちの作品を開いていくことを、独自に続けてきました。

今回のような形式で「試演」として作品を発表するのは、初めてのことです。では、なぜ参加することにしたのか、それは三角フラスコのメンバーもまたアーティストとして、間接的に被災しているのだと、私は考えるからです。今もまだ避難所で生活をされている方、大地震・大津波によって仕事を失った方に比べたら、それは本当に目には見えにくい被災の形です。

今回、試演する作品は「いま。」というタイトルが付きました。あの揺れを共同臨死体験として体感した劇作家・演出家・俳優は、「いま」アーティストとして何をクリエーション出来るのか。今回の作品は、そこから始まっています。そこからしか始められないのです。

あの揺れによって、引き起こされた様々なことを、生き残った私たちはこれからずっと、引き受けていかなければなりません。三角フラスコは今後も現代演劇のカンパニーとして作品をクリエーションしていく意思を持っています。しかし同時に、メンバー各人はアーティストとして、いまも血を流しています。

その傷は消えないのかもしれません。わかりません。しかし三角フラスコは、今後も活動を続けていくために、今回の作品をクリエーションすることにしました。それは、言うならば「リハビリ」のような行為です。稽古場にたって「いま。」何が出来るのか、それだけを考えて今回の作品は作られました。

本来であればこのような経緯の作品は、発表されないことも多いのかもしれません。けれど三角フラスコでは、今回あえて「C.T.Tsendai特別支演会」に参加することで、皆さんに観ていただくことにしました。舞台芸術にとって観客の視点を受け止めることは重要だと、私は考えるからです。そして同時に、これは三角フラスコに取って「回復」のプロセスの一つになるのだとも思っています。

私は、舞台芸術プロデューサーとして演劇を仕事にしています。だから、大地震や大津波といった暴力的なノンフィクションには負けたくありません。そして今後、10年以上続いていく復興の中で必ず「物語」の力が必要とされる場面が来るのだと、信じています。それはどこのタイミングなのか、今はまだわかりません。けれど、三角フラスコというカンパニーが、その時に社会に寄与できるために、今は「いま。」という作品を試演してみようと思うのです。

―三角フラスコ16年目の春に。


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by every_tue | 2011-04-28 08:31 | お知らせ