昔、書いた文章

さいしょのブログに何を書こうかと逡巡しておりましたが
まずはご挨拶代わりに、長文を投入。
財団法人仙台市市民文化事業団が発行する情報誌に寄稿した時の
「制作を志す(かもしれない)人たちへ」と題された文章です。

昨年の7月に書いたものなので、いま読み返すと若さに赤面ですし
ブログとしてはどうかと思うくらい長文ですが、
あえて、そのまま、そのまま。
時間のある方だけお付き合いください。

このあと、私はなし崩し的に演劇プロデューサーを名乗るようになりました。
そして、バイトをやめ、現在ではフルタイムで演劇に関われています。
非常にラッキーです。

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せんだい演劇工房10-BOXニュースレター
ハコカラ通信vol.21(2006.8月発行)
[芝居往来]より
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小劇場演劇の制作者を支援するサイトfringeが主催する「Producers meet Producers 2006―地域の制作者のための創造啓発ツアー」が6月に東京で開催されました。プロデューサーの荻野達也氏が「地域にいながら個性と存在感を発揮する方法を模索する契機にしてほしい」と企画したこの場には、各地域から多くの中堅制作者が集い、仙台からは森忠治さん(tripod)と柴田環さん(制作支援TIME Create)が参加しました。森さんに制作の仕事についてうかがいました。

制作を志す(かもしれない)人たちへ

 制作を名乗って10年が経ちました。その間ずっと劇作家でも演出家でも俳優でもない立場で、主に三角フラスコというカンパニーで演劇について考えてきました。考えてきた、と同時にもちろん実践もしてきました。当然なんですが。
 これまでを振り返るとどういうことだったのか。全ては手探りの状態から始まりました。「なんだかよくわからない」まま現場に出る、そしてそこで起きた体験をフィードバックし、続きの作業に還元していく。その蓄積が新しい場所への手がかりとなる。その循環から私は自分のやり方を少しずつ見つけてきました。上手くいくこともいかないことも、そのまま体で記憶する。そして、そこで得たものを自分のスキルにつなげるという作業。それは、蓄積を重ねることである種の財産に変わりました。
 そんな現場に連続して関われたこと、私を取り巻く人々に制作の重要性を理解してもらえたこと。これはとても幸運なことでした。だからこそ私はここまでやってこられたし、いまここで「制作は面白い」と書けるのですから。




 そう、制作は面白いのです。戯曲を書くとか演出するとか、演じるとか、そういう他の仕事にその面白さはけして負けません。しかし、同時に制作という仕事には実務の複雑さという面があります。そしてたいがい、制作の面白さはその性質に隠されてしまっていることが多いのです。ネジを100本作る仕事とは明らかに違う。どこからどこまでが仕事なのか明確でない上に、どこまでやれば終わりなのかも分からない。制作者が直面するたくさんの実務。集団のマネジメント、公演の企画、票券業務、宣伝・広報、資金調達、当日の運営etc。複製・再配布が不可能な「演劇」という表現において、その作品を「公演」にするために必要とされるそれらの実務はいつも、複雑に絡み合っています。
 そして事態をさらにややこしくするのは、制作というのが、やるべきことがどんどん変わっていく種類の仕事であるということです。ある一面では、ルールがあり、手順があり、経験を重ねればコツも生まれます。自分なりの作業フローを獲得しなければパンクしてしまうくらいの実務がそこにはあります。しかし、もう一面ではその時の状況を判断し、常にいま何が必要なのかを考えなければならない仕事なのです。 一つ一つの実務を完結させながら、それがどこに繋がっていくのか、何を次にすべきかを、常に考え続ける仕事。それが制作です。

 昨年、私は三角フラスコの制作部を独立させました。いまは「tripod(トライポッド)」という屋号を持ち、これまで同様に、三角フラスコの運営と公演の企画・制作を中心に、その周辺に関係する事柄を支えています。私を含め4人のチームで今後のあり方を模索しているところです。
なぜこの形を自分が選んだのか。それは一言で言うと、「自分の仕事」をより明確にしたいという気持ちが大きかった。三角フラスコとの信頼関係をベースに、専任制作として培ってきたスキルや人脈を、他のことにつなげていくことができないか。その行為から、さらにより良き状況を作りだしたいという個人的欲望。それが出発点です。
 そしてこの6月、PmP2006 に参加する機会をいただきました。そこでは様々な人々や場所、そしてその場所で起きていることを、もう一度「良く見る」という作業をすることができました。それは私にとって、「自分の仕事とは何か」ということを、現場から離れた場所で再発見する行為でした。同じ分野の人々を見ることで、自分を、もう一度考えなおすという体験。

 「良く見る」という行為は演劇という表現において本当に大切なことです。演劇は、とにかくそこから全てが始まります。演出家も俳優も稽古場ですることはシンプルに言うと同じです。そこで起きていることを「良く見る」こと、そしてそこに自分のアクションをプラスすること。
 制作という仕事でもそれは同じです。自分が関わる場所を理解し、そのとき何を求められているのか、いま何をすべきなのかを見極めること。それは制作者が常にやるべき仕事です。そしてそれは「良く見る」ことからしか始まらないと私は考えています。そこで何が起ころうとしているのかを見つけることから全てが始まるのです。

 「良く見る」ことで起きることを私は信じます。そこから心が動き、心が動けば何かが始まることを私は良く知っています。
 
 制作者にまず必要なことは、実際的なテクニックではないと私は考えているのです。もちろん効率良く作業する能力も必要ですし、情報収集にもコツはあります。 けれど、その前に「良く見る」という行為がなければ、それらはただ単に実務でしかありません。そこから得られる達成感を頼りにするのは本当に心もとないことです。 「良く見る」ことからはじめる、そしてその作品でするべきことを見つけること。それができれば、制作はその面白さを一瞬にして露わにします。実務はただの手段になります。単純作業の繰り返しに思えた全ては、その人にしかできない仕事に変わるはずです。
 今の私は、心を動かす仕事をしたいと思っています。それは、作品が上演される瞬間、その時間、その場所を「ほんとうの劇場」にするということだと考えています。そこが公共ホールであれ、民間劇場であれ、美術館であれ、それは同じです。場所の問題ではないのです。作り手がいて、作品が生まれ、観客がいて。そのどこでもないポジションで私がする仕事は、そこを「何かが起きて誰かの心を動かしていける場所」に誂えることだと思うのです。
 「ほんとうの劇場」とは何か、ということにもう少し言及したいのですが、今回は、劇場について書かれたトーベ・ヤンソンの言葉を引用して、この長い手紙を終えたいと思います。

“「劇場は、世界でいちばん、だいじなものじゃ。そこへいけば、だれでも、じぶんにどんな生きかたができるか、見ることができる。してみる勇気はのうても、どんなのぞみをもったらよいか、それからまた、ありのままのじぶんは、どうなのかを、見ることができるでのう」” 講談社文庫『ムーミン谷の夏まつり』より引用

もり・ちゅうじ
宮城県生まれ。95年三角フラスコ旗揚げ以来、専任制作担当。05年劇団の制作部を独立し、「tripod/トライポッド」を組織。同劇団の運営および公演の企画・制作を中心に、俳優を対象にしたワークショップの実施、他地域劇団の仙台公演制作協力など行う。直近の予定に、岩佐絵理プロデュース「にげ水」企画協力、三角フラスコ「約束はできない」企画・制作、弘前劇場「夏の匂い」仙台公演制作、など。豊富な経験と人脈を持ち、広い視野で活動する仙台有数の制作者。
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と、ここまでが掲載された内容です。
プロフィールなどは当時のままです。
やっぱり恥ずかしいです。赤裸々で。
ですがあえて、そのまま、そのまま。

万が一、紙で読みたいという方は10-BOXに問い合わせてみてください。
遠方の方は送ってもらえると思います。

ご挨拶になったような、なってないような感じで、今週はここまで。

あ、今週は三角フラスコ劇団員オーディションです。締切は終わってますが一応。
では、また来週。
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by every_tue | 2007-11-27 08:52


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